ぐだぐだの僕といつもの人
お久しぶりです。
完全にHPMP共に0に限りなく近い日々を過ごしていました。
ずっとうつらうつらとしているような。
気分が変わるかと上がるかと急にアッシュとピンクのまだら髪になってみたり
マニキュアを普段塗らないピンクを塗ってみたり
20mmだった右耳のピアスを22mmに拡張してみたり
健常ガチ勢に負けじとポケモン攻略してみたり
とにかく毎日悪あがきしています。
反動で毎晩つらいけど。
せんせには「家にこもってるからよくない。外に出ろ」って言われたけど、じゃあ外に出られるようになる薬ください。
まずはまともに眠れる薬がほしいですけどね。
あと急に涙が止まらなくなるから、それを止める薬もほしいですけどね。
クリスマスイブは外に出ました。
適当にごはんを食べて(久しぶりのごはん)
セブンで買ったケーキ食べて
プレゼント交換して
とび森でお互いの村に行ったり来たりして
非常にゆるいクリスマスイブを過ごさせていただきました。
たぶん僕はこの人という存在がいないと外に出ることなんてないんだろうなと思う。出てもいいとこスーパーマーケットと平日昼間の空いてるアニメイトが限界。僕はこの人に出会って少しずつ変わっていってるのかもしれない。良くも悪くも。週1で必ず家から連れ出してくれる。いろんな話を聞かせてくれる。僕が知らないような社会のこととか。いつもそれは土曜日なんだけど、土曜日の夜は割と熟睡する。これはただ単に疲れて寝てるのか、お外に出ることによって良い作用がはたらいて寝てるのかわからないけど。
寛解の可能性は僕の場合無く、予後が悪い。労働能力は無く、生活力も乏しい。
発達障害に二次障害の併発もたくさん。
そんなややこしい僕をかまってくれるだけでもありがたい。そう思う。
そんなややこしい僕を「まあちゃんは普通なのにね」と言ってくれる。君の目に僕は「普通」に映れてるんだなと思うと少し落ち着きます。
でも夜中に40数針縫うリスカする僕は「普通」ではないと思うよ。その夜も次の日仕事なのに車走らせてきてくれましたね。「生きてることが確認できたからいい。」
毎日おはようの連絡をくれる。出会って1年8ヵ月、毎朝。もうすぐそういえば1年9ヵ月か。
それだけでも僕には蜘蛛の糸。見捨てないでいてくれる人がいる。ありがたいと思う、と同時にとてつもなく申し訳なくもなる。
あなたには健常のもっとちゃんとした人がいいんじゃないかなと。ずっと思ってる。ずっと言ってる。
とにかく、ありがとう。今は上手く言えないですが、とにかく、ありがとう。
人間たぶん失格
障害年金の申請も終わった。あとは結果を待つだけ。
一気に疲れが出た。緊張が解けた。車に乗ったら涙が出た。
最近は泣いてばかりで頭が痛くて、やたら鼻をかむから鼻血が止まらないし、わかりあえないことが多くて、どうしていいかわからないことだらけで、ちょっとしたことで涙はところ構わず出てくるし、もうなんなんだ。
人生というか毎日はこんなにつらいものなの?
みんな毎日こんなにつらくてどうして生きていけるの?
それともみんなはこんなにつらくはないの?
僕の言ってることは我儘なの?
君の言ってることが全て正しいの?
僕はずっと我慢するの?
それは平等ではないよね?
君の嫌いな食べ物、トマト以外にもあったはずなんだけどそれすら忘れた。なんだったっけ。
お風呂で思い出そうとしたけど思い出せない。
君に対する気持ちの薄れなんだろうか。
僕が今どんな状態なのか、知ってるよね。
なのになんで追い詰めてくるの。
僕は狭い部屋で丸まってひたすら眠るしかなくて、眠りたいのに眠れなくて。
固形物がまた喉を通らなくなった。
動けない、横になるしかない。
健常にはわかんないこともあるかもしれないけど、健常でもつらいときはつらいでしょう。
誰でもつらいときは、つらいよ。
また腕すぱっといきたくなるよ。
不思議なことに腕すぱっと切る時は痛みなんかない。切った後も痛くない。
痛いのは縫合前の麻酔の注射がちょっと痛いぐらい。
落ちた気持ちも不思議と一時的に上がる。
だから、やめられない。やめなきゃいけないのはわかってるけど。
それに周りが傷つくのもわかってる。
でも薬飲んでもちっとも良くならない。気持ちが上がる方法は今のところそれしかない。
新しいカッター買わないと。
笑うしかない。
診断書もらってきた、自立支援、手帳の申請もしてきた。慣れないことだらけでくらくらしたし、人の前で文字書くのやっぱり苦手。緊張する。みんな優しい人ばっかりだったのが救い。
申立書は診断書見ながら参考にしつつ、自分で思うところ書いたらいいよ、ってせんせに言われたけど、診断書見たら何書いていいかすっかりわからなくなりました。
生きてていいのか、って。
僕これからどうやって生きていくのよ、って。何の為に生きてくのよ。生きていけるのか。そもそも。
予後不良て。ずーっとこの、ずっしりしたもの引きずってくのね。なるほど。
いつか破綻すんのかな、とか考える。
おかんは申立書はいっしょに書いたらええやん、大丈夫。って言うけど、そこじゃない。
健常にはわからん部分は仕方ない。
たぶんいろいろ諦めなあかん部分がこれから出てくると思う。どうやって折り合いつけていくかが問題で。今は全然折り合いつけられてないけど。
現実見てなんとかせねばなんですけど。
この世
インターネットは面白いところ。
今日というか昨日?すごくなつかしい人にネット上で思わぬ形で再会できた。
笑った。久しぶりに笑った。えー!?って。
こんなこともあるんやな、と。
明日はいよいよ抜糸です。40数針抜いてもらってきますよー。でも明日で抜糸できんのかな。
まだくっついてない感じするけど。
あと抜糸って痛かったのか、去年のことも覚えてない。健忘が酷い。
今週はお脳の病院で診断書も貰うけど…正直見たくない。でも見ないと申立て書が書けない。
予後についてがいちばん見たくない。
あと、良くなってるのかどうかも知りたくない。もし良くなってなかったらどうすんの。予後が悪かったらどうすんの。どう受け止めたらええの。難しい。
ちっちぇーカッターとあの人と
一昨日の夜、最悪にいろんなことが重なって約1年ぶりのでかいリスカ。4ヶ所。
ちっちゃいのは時々やってたけど(はさみとかでちょきっと)、それでもとにかく控えるようにしていた。「やめてくれ」と言われていたし、僕自身その人の為にも自分の為にも「やめよう」と思っていたから。
ここ数日、具合が悪過ぎて眠ってばかりいた。しらたきしか食べられなくなったりもした。死ぬことを考えていた。それでも涙は自死を考えた時、少し流れただけだった。案外涙は極致になると出ないものだと思った。
悪い時に悪いことは重なるもので僕はもう何が何だかわけがわからなくなっていた。前後不覚もいいところ。酷いことを言って傷つけた人もいる。それでも僕はもうパニックだった。「切ろう」とか「切ってやる」とかそれすら頭に浮かばなかった。
気づけば手にはちっちぇーカッターを握って腕に4本の線を引いていた。痛みは無かった。その時だけは落ち着いていた。「やってしまったな」とだけ、思った。「やめてくれ」と言っていた人にどう説明しよう、捨てられる、もう全部終わりだ、死ぬしかない、それだけが頭にあった。それでも人間は不思議なものでキズパワーパッドをこっそり部屋で1人腕に貼っていた。
でも死ぬ前に文字だけでもいい。最期に話したかった。
わがままだとはわかっているけど、連絡をしてしまった。「もうだめだ、ごみ捨て行ってくる」とだけLINEをして。涙はこの時も出ていなかった。携帯が鳴りまくっていた。LINEもすごい量だった。電話に出た。一言目に「生きてた、よかった」と言われた。「今家向かってるから、とにかく生きてるの確認する」みたいなことを、言ってくれていた。僕はぼんやりと待っていた。僕を見るなりなんなり「よかったー!!!!!!!!」と言いながら抱きしめられた。「生きてる!!生きてるよ!!」こんな人間は今まで遭遇したことがない。しかも、泣いていたので僕はびっくりした。僕の為に泣いてくれている、ということにびっくりした。同時にすごい罪悪感でいっぱいになった。「生きててよかった、ほんとによかった…」と言われ、こんな人もいるんだ、と思ったしこの人のことは今後一切悲しませてはいけないと思った。それだけは、さすがに馬鹿の僕にもわかった。
だから、これからはこの人のことは悲しませないように、できるなら、しあわせにできるように生きようと思う。
馬鹿だけどそれぐらいはできるかもしれない。
押し付け
久しぶりに本を読んだ。
一気に3冊。前は本読むのすきだったけど今はちょっと疲れるね。
それに内容が内容なだけに。自分のことばっかりだし。
『アスペルガーだからこそ私は私』
『双極性障害の人の気持ちを考える本』
『アスペルガーの女性がパートナーに知ってほしい22の心得』
内容的には「ほんまそれ」の連続。
首ちぎれるよ、ってぐらい頷きながら読んだ。
上2冊は親に後々渡そうかどうしようか悩んでる。
いちばん下のはいつもの人に渡そうか悩んでる。
どちらも押し付けになるような気がして。
でも、僕の口からこれらのことを話すのは到底無理だから読んでもらうのがいちばん早いんだけども…
年金とか手帳の関係で親には完全にバレた訳だし、いつもの人は前から知ってる。
でも本質的なことはきっとどちらにも伝わってないと思う。だからこそ読んでみてほしいんだけど、どう切り出せばいいかわかんない。
それに我儘なのかもしれない。
でも少しでもわかってもらえれば…ってこれがたぶん我儘。甘え。押し付け。
でも正直言うと僕は「治る」ことはないんだから、わかっておいてもらわないと困ることもたくさん出てくると思うし、今までもほんとはたくさんあった。
だからこそ、読んでみてほしい。
机の上にそっと置いとくとかでもだめかな。
注ぐ
姪さんに会ってきた。
僕のような死のうと思ってる奴が姪さんみたいな無垢な存在に会ってもいいものかちょっと躊躇したけど。
まだ11ヵ月満たない姪さんは今日もうれしそうに僕の髪を抜けるぐらい引っ張ったり(まじで何本か抜けた)、這いずり回ったり、僕のあげたおもちゃで必死の形相で遊んだり、生命力の塊だった。
僕にもあんな頃があったんだろうか。ふと気になっておかんに聞いてみた。
おかん「静かな子やったよ」
やっぱり姪さんみたいな生命力の塊ではなかったようです。
僕はたぶんそういう生命力みたいなものが薄いんだと思う。
夕方、姪さんの散歩に付き合った。
姪さんは相変わらず従姉妹の胸元で暴れていた。すごいな、と淡々と思いながら歩いた。
姪さんはいろいろな大人から愛を注がれている。
僕が同じくらいの年の頃、おかんは1人で僕のことを必死で見ていた。
この差はどこかで何かを生むのだろうか。
おばちゃんの家でこの間から進めている、年金とか手帳とかの話をおばちゃんにした。
おばちゃんは少しだけ泣きながら「それがええ、それがええよ」と言っていた。
僕も少しは愛されているんだなあと思った。
死のうと思う気持ちが少し薄まった。
でも相変わらず死にたくはなる。