HAL_9000

メンヘラクソニートのおはなし

ベーコンポテトパイ

社会人とはしばらく距離置こう、って言った。

だめだった。

普通にLINE来る。

これは距離置きではない。

ただ毎週末会っていたのを2週間ほどお休みするだけ。

2年半も毎週末会ってたほうが不思議だわ。

なんなんだろう。共依存

 

あと、「今は冷めてる」ということは、はっきり言えた。

社会人は相当ショックだったみたいだけど事実だから仕方ない。

この「会わない2週間」で僕の気持ちがどう変化するか、そこだと思う。

もちろん社会人の気持ちもどう変化するか。

「あ、このまま会わなくていいや」僕がもしそうなったら修羅場なんだろうな。

めんどくさいな。

 

もし、仲直り(これも、変な言い方だけど)したらベーコンポテトパイ、一緒に食べようね。

社会人がしきりに僕に食べてほしいって言ってた。(僕は食べたことない。)

 

そういう日々にまた戻れるのかな。

戻りたいのかな。僕自身。今は微妙です。

顔色伺いのプロ

当たられるのが当たり前になってる。

謝るのが普通になってる。

当たったあと、ごめんねって言われると何も言えない。

典型的なDV。

僕が今日勇気振り絞って言えたのは「距離置きたい」それだけだった。

結局距離は置かせてもらえなかったけど。

確実に僕の中で冷めてるんだよな。

冷えきってる。

LINE返すのめんどくさい。

愚痴聞きたくない。

怖い。

精神的DV、男友達とのサシメシ禁止、お嫁さんって呼ばれるの嫌だ。

まだ確定した訳じゃないのに。

というか、このままだとお嫁さんにはなりたくない。

一生当たられる。怖い。

相手方の父親、祖母が確実に精神障害に偏見持ってる。

そんな家と結婚なんてしたくない。

リスカに理解ない、障害に理解ない、そんな人としあわせにはなれないと思う。

それなら一生1人でいた方がいい生き方ができる気がする。

別に1人は嫌いじゃないし、というか、1人が好きだし。

1人がラクなの。

顔色伺って、びくびくしながら隣にいて、そんなの地獄でしかない。

僕は家でも同じだから地獄から抜け出れない。

唯一抜け出れるのは1人でタリーズ行って煙草吸いながら紅茶飲む時だけ。

あとは、ネカフェに避難。

僕の人生なんなの。

早く終わらせたいね。

近況報告。

お久しぶりです。

個展最中にメルトダウンを起こしてはいたもののなんとか乗り切り、やれやれと思った瞬間ちょっとしたことがありODかましました。

まあちょっとしたことって、連れが内緒にして1泊でUSJ行ったなんてくだらないことなんですけど。

発見が遅れたので胃洗浄間に合わず。

点滴の処置。そっから入院でした。閉鎖に。

退院してからも結局発達障害の検査の手配とか療育手帳の申請とかなんやかんやでバタバタしてます。

連れとはまだ繋がってます。よく見捨てないよね。ありがとう。

僕、メンヘラってか脳障害なんだよな。

だから一生治んないんだよ。

なんかその辺の理解が連れの親御さんや祖母の方には無いみたいで「その女はやめとけ」論が出たそうです。

偏見、差別。

まだまだあるんすね。

こういうジャンルについて。

今のご時世、いつ誰が鬱になるかもわかんないのに、よくそんなこと言えるなあって。f:id:h_a_l_neet:20170829013735j:imagef:id:h_a_l_neet:20170829013743j:image

まあこんだけ飲んでりゃ偏見の眼で見られんのかな。

ってか「多剤投与」にワロタ。

絵も描かなきゃなぁって思いつつ描けてないし焦るばっかり。

絵、写真、音楽、この3つやってから死にたいなと漠然と思ってる。

死にたいな、は漠然とある。希死念慮

この3つ満足いったら死ぬんかな。

生きた証だけ残して。

相変わらずリスカはしたいし。

リスカしたら連れは「しらない」って言うし。

いや別に知らなくていいけど。

あ、でも買った秋冬服は着たいな。

それまでは生きてるよ。

絵と写真と音楽でそれぞれ納得いくのできたら、グッドバイかなぁ。

あ、あとハンドスピナーはやばい。中毒性ある。

結局追加で買ってもたからね。アホだわ。

あー、サヨナラ作品集、みたいな。作りたいな。

最後に場外ホームラン打って終わりたい。

 

僕が狂っていくきっかけと今

 

僕は幼稚園から周りに馴染めずクレパスを折って1人遊んでいた。幼稚園の入口で大泣きしながらおかんから引き剥がされていた。

僕は小学校からいじめのターゲットになっていた。(発達障害だからひょっとしたら周りに迷惑をかけていたのかもしれない。)

小学校の宿題をしているとたまに帰ってくるおとんが「消しゴムの使い方が悪い」と怒鳴る。「字が汚い」と怒鳴る。僕は泣きながら宿題をしていた。(だから今でも怒鳴るやつのことを馬鹿だと思う。)

小5の時、両親が別居し、僕はおかんと共におばちゃんとこに避難した。別居の理由はおとんの浮気。毎晩ラルクのDIVE TO BLUEを聞き泣きながら眠っていた。

その時におとんに無理矢理携帯を持たされたのを覚えている。

小中一貫校だったので小学校でのいじめもそのままスライド。

いじめは酷くなるばっかり。

中学では教師によるいじめも体験した。(どちらかと言えば今に響いているのはこっちかもしれない。)

結局僕は中3で学校に行けなくなり、卒業式にも出席できなかった。

この時、おとんは僕を見殺しにした。それも自分の「体裁」の為に。仕事の為に。

やってもないことをなすりつけられ、校長室で夜8時過ぎまでいろんな先生達に囲まれ詰問され続けた。誰も僕をかばってくれる大人はいなかった。悲しかった。ただ単純に悲しかった。

飛び降りようとして失敗した。

それでもおとんは僕を見殺しにした。

ありがとう、おとん。

あなたのおかげで僕は壊れました。

 

人間不信。不眠。自傷。拒食。

 

高校でも結局人間不信が先に出て友達ができないまま3年が過ぎたしもちろん、いじめのターゲットにもなっていた。体重は20kg近く落ちた。未だにそれは戻らない。拒食が治っていないから。

大学。さすがに地元を離れた大学なら大丈夫だろうと油断していた。結局ほとんど誰とも話さないまま、4年が過ぎていった。

卒業し、地元に戻った。

地元では「いじめられていた相手に会ってしまうんじゃないか」等と不安を抱えながら生きている。だから夜に出かけることが多い。あと平日の昼間。

地元に戻って数年、僕の様子がおかしいことに気づいたおかんは「病院に行こう」と言った。

1軒目の病院はだめだった。一向に治らない。「あなたの努力が足りないからだ」主治医の言葉。

2軒目の病院で双極性障害だとわかった。発達障害もそこでなんとなくわかった。ただ主治医とは合わず3軒目を探すことに。

おかんの主治医に相談したらしい。(精神科じゃないよ。) すると「間違いなく発達障害だし双極性障害は二次障害だと思う。いい先生がいるから行ってみない?」そして今通院している病院に辿り着いた。

主治医は言う。「発達障害はたしかに先天的なものだけど、双極性障害はどこかでトリガーになることがあったはず」

僕は間違いなくあの時だと思ったし、おかんもあの時だと思ったらしい。

僕は今も結局自傷も拒食もやめられない。

不眠もこの頃また酷くなった。

おかんに申し訳なくて仕方ない。

おとんに対してはただただ死ねと思っている。

ちなみにおとんは今も僕が発達障害なのも双極性障害なのも知らない。呑気に自分の「体裁」だけを気にして生きている。

殺しておけばよかった。少年院で済む歳に。

いや、今でも別に構わないけど。

おかんも僕も自由になれるのは、それしかないと思う。

自分で狂っているのはわかっている。

でも僕は一生おとんを恨み続けるし殺したいと思い続ける。

昨日おとんを殺そうと思ったのは

昨日は休廊日で

「足りないもの買いに行かないと」

「やりたい作業もあるし」

「おばちゃんとこ行きたいな」

 

そして第1に

「精神的に休みたい」と思っていた。

 

ここ1ヵ月ほど中途覚醒が酷くて、毎日慣れないことで緊張して、苦手な人付き合いが(知らない人と話したり)あったり、次の納期が決まっていたりで僕のコップが表面張力でパンパンになっている。

煙草も増えた。

このままだと次の納期までに大鬱が来てしまう。この恐怖もある。

双極性障害は「揺り戻し」が必ずあるからだ。

 

そんな中、僕はおばちゃんとこに向かっていた、というか着いていた。

 

突如鳴る携帯。

 

「おまえ、今日休廊日かよ!!!!!」(これは展覧会のハガキにはっきり書いてある)

「今どこにいるんだ!!!!!」

「はっきり物事を言え!!!!!」

「もうええわ!!!!!」

 

覚えている怒鳴りはこれぐらいだけど僕は出だしから既にパニックに陥っていたので恐らくもっと長いこといろんなことを怒鳴られていた。

電話越しとはいえ、僕はこの大きな声で怒鳴られるというのが本当にだめだし(これには過去にトラウマというかPTSDがある)、理解力が少ないので順を追って話してもらわないと意味が汲み取れない。(おとんは僕が発達障害双極性障害なのを知っている。)

 

結局おかんから聞いたらまた例の「自分の体裁」を守る為だったらしい。

 

とりあえずパニックのまま、おばちゃんとこを飛び出して言われるがままの場所に向かった。

今思うとどこで僕が事故ってもおかしくない状況だった。

言われるがままの場所に行き、とりあえずは「おとんの体裁」は守れたのだろう。

 

ただその間、僕は震えと耳鳴り、発汗が尋常ではない状態にあった。

 

用事が済んだらおばちゃんとこに戻ろうかなと最初は思っていたけどHPMP共に0なので家に戻った。

 

それからはひたすら自室で溜まった用事を片付けたり、少し眠ったり(安定剤を多めに飲んでしまったので)して、極力おとんと家の中で顔を合わせないようにした。

 

「このクソ暑いのによくそんな服着てられるな」

ほっといてくれ。腕の傷のことも知らねえのに。

 

怒鳴り声は僕のいじめや家庭崩壊を思い出すトリガーだ。

結局またものが食べられなくなってそのまま眠った。

でもやっぱり中途覚醒

 

もし僕が家を出たとしても、おとんによる不条理な怒りの矛先は僕に向かい続けると思う。

 

やっぱり勢いで殺しておけばよかった。

恐怖しかない。

さて、ネカフェこもって作業(絵描き)している訳ですが、先日、付き合って26ヵ月となりました。(僕はその日を忘れていたのですが覚えているフリをしてしまいました、すまぬ。諸事情で今は頭がパニックなので。)

 

26ヵ月、つまり2年と2ヵ月となってくると重い話も出てくるというか、現実味を帯びてくるのですね。

いや、付き合うとなった時に「結婚を前提に」とは聞いていたのですが、どこかで崩れるだろうと思っていたのです。(でも、うちのおかんに初めて挨拶した時に「結婚を前提に」と言い切っていたので本気なのでしょう。)

ところが案外崩れないもので今に至ります。

正直なところ、どうしていいのかわからないのです。

 

参考にと僕の両親に付き合ってどれぐらいで結婚に至ったのか聞いてみると8ヵ月という回答。

参考にならない。

 

僕は昔から「結婚はしない」と言い続けてきました。(昔の両親を見ていると結婚なんてしたくもなかったのです。別居もしたしね。)

今はどうかと言えば、しないでもないけど、どうなんだろう、というところです。

相手はそろそろちゃんと考えよう、みたいな所まで来ているようです。ペース早いな、おい。

「式場見学会とかあるみたいだよ。」とか言うてるしね。

 

お互い実家暮らしなのでまだまだだろうと思っていたのです。

ところが急なことに相手が一人暮らしをすると言い始めました。恐怖!!!!!!!!!!

やばい、このままでは近々「結婚」というものをすることになる。

「結婚」がわからない!!!!!!!!!

そもそも僕は1人っ子なので1人の時間が大好き。その1人の時間が無くなるのか、とか考え出すと恐怖しかない。

それに僕はニートだし精神障害者発達障害持ち。

本気か?正気か?と思ってしまう。

 

僕は1人で生きて1人で死んでいくと思っていた。

30で死のうと思っていた。(ほんとは20で死ぬ予定だったけどね。)

※ちなみに30がカウントダウン体制に入りました。

ほんとについこの間まで個展が終わったら死のうかなとか思っていた。

どうしよう。予定が狂った。

 

そもそも僕みたいなものが「結婚」というものに手を出して大丈夫なのだろうか。

 

と、とりあえずは、通い婚で…とお茶を濁したい。

誰か答えを教えてほしい。

お祓い日和

相手の都合上半月会わなかった。

連絡はそれなりに取っていたけど。あくまでもサポート要員として。

 

その間に僕の体調はどんどん悪くなり煙草は増え、ものを食べることができなくなった。

絵を書くこともできない。

僕は何なのか。

こんなにしんどいなら1人のほうがマシかもしれないとさえ思った。

 

土曜日、半月ぶりに会った。

僕はここで終わりにする可能性もあるなと思いながら出かけた。

会ってもどうしていいかわからなかった。

どう接したらいいのかわからない。

電車に揺られながら海だけを見てた。

 

とりあえず2人で厄祓いをしてもらった。

 

長らくちゃんとものを食べてなかったので苦しいなと思いながら、それでも美味しかった。

2人でものを食べることで少し距離が掴めたというか、肩の力は抜けた。

 

なんとなく、元の距離に近づいた気はする。

 

帰りの電車の中でくだらない会話ができた。

前みたいに。

大丈夫。たぶん大丈夫。